沼にはまった小僧
今はもう昔の話。かれこれ四半世紀以上前のことです。
音響会社でアルバイトを始めた小僧が一人いました。
ある日、現場で照明さんから声をかけられます。
「ちょっと人手が足りないから、ウチ手伝ってくんない?」
そんな一言から始まった照明という仕事との接点。
いつしか小僧は照明という沼にはまっていくことになります。
なぜ、彼は照明沼にはまってしまう羽目になったのか?
そのきっかけになった3つの事件を紹介したいと思います。
その1 如雨露から雨降った?事件
その事件は、コンテンポラリーダンスのラストシーンで起きました。
ダンサーがおもむろに
濃紺のライトカーテンに浮き上がる光のシャワー
その日使用していた照明機器はオーソドックスなものばかり
どうやったらこんな明かりが生み出せるのか?
沼に片足を取られた瞬間です。
その2 ボレロに打ちのめされる事件
ボレロという楽曲をご存じでしょうか?
一定のリズムを一体何回繰り返しているのか、気になってしまうアノ曲です。
そんなボレロを、フランスのバレエダンサー シルヴィ・ギエムが、東京バレエ団と共演した舞台に、現地照明(ツアー公演で、地域ごとにスポットで入る)スタッフとして入っていた小僧。
その現場で、彼は驚愕の照明を目にすることになります。
真っ暗闇の中、繰り返される小太鼓の一定のリズム。
静まり返る照明の調整室内。
「スタンバ~イ・・・・ ゴー!」
力の入った照明チーフの指示が飛んだ瞬間
真っ暗闇に浮かび上がるダンサーの右手・・・
「ゴー!」
と、続けて入るチーフの指示。
右手は暗闇に消え、浮かび上がる左手・・・
そして、徐々に溶明していく舞台。
いつしか、センターで舞う女性ダンサーを取り囲む屈強な男たちが姿を現す・・・
その明暗の表現に
「カッコ良い・・・」
と、思わずつぶやく小僧が一人そこにいました。
あ・・・ もう片方の足も沼にはまったようです。
YouTubeで「ボレロ シルヴィ・ギエム」と検索してみてください。
その3 生って色があるんだよ事件
舞台用語で「生(なま)明かり」というものがあります。
ライトから照射された素の明かり、色の付いていない生な明かりのことです。
さて今回の現場は、大御所K氏がデザインする演劇公演。
簡単な朝の挨拶後、手渡された仕込図(照明の設計図)に違和感が・・・
なんとオール生明かりの照明プランだったのです。
クラシック音楽や講演会などでは、生明かりオンリーの照明プランをすることは珍しくありません。
対して、お芝居など演出を伴う公演の場合、多少なりとも色を使用したりするものです。
しかし、今回は芝居なのに生のみ・・・
果たして、出てきた明かりには色が付いてました。
正確に表現すると、色を感じる照明シーンが生み出されていました。
光の当て方・光の強さなどを繊細に組み合わせて構成される照明シーンは、たとえ生だけであっても色や温度、情景を表現できることを知った瞬間でした。
さすが大御所・・・
あ~ぁ 腰まで沼にはまっちゃたようですね・・・
その後、小僧は順調(?)に沼にはまっていくことになります。
彼は今、事件を起こしたおっさんたちと同世代になりつつあります。
少しはおっさんたちに近づけたのか?
それはまたの機会に・・・(あるのかな?)
この記事を書いた人
森のクマさん(もりのくまさん)
「もりのくまさん」は照明仕込図で使用するペンネーム的なものです。
どうぶつ占いでは『正直なこじか』ですが、くまです。
ミュージカル・バレエ・ファッションショーなどの照明が好物です。